Indigo Films

クリエイティブビジネスタイトル


■「ホンモノ」のプロデューサー、佐倉寛二郎さん

「クリエイティブな企業を経営する社長からビジネスとアートを学ぶ」、クリエイティブ社長キャラバン・プロジェクト。第一回は株式会社クロスメディア代表取締役社長の佐倉寛二郎さんにインタビューさせていただきました。

 

失礼になってしまったら申し訳ないのですが、おそらく佐倉さんのお名前は 映画ファンの方々でもほとんどご存知ないと思います。 でも、以下の映画はご存知のはず。

「ラヂオの時間」(1997年)、「ホワイトアウト」(2000年)、「プラトニック・セックス」(2001年)、「みんなのいえ」(2001年)、「WASABI」(2002年)、「鉄人28号』(2005年)、「亡国のイージス」(2005年)、「THE有頂天ホテル」(2006年)、「チーム・バチスタの栄光」(2008年)

 ラジオの時間 ホワイトアウト みんなのいえ WASABI  有頂天ホテル ミッドナイトイーグル

 

これらの作品を世に出して来たキーマンの一人が佐倉さん。

ハッキリ言って、 日本を代表する大物プロデューサーさんです。

佐倉さんは元々、映画の制作会社に所属されていたそうですが、今から10年前に独立。その後は前述のような素晴らしい経歴で大活躍されていらっしゃいます。

 

佐倉さんの業務は幅広くあります。
社長として、会社の経営だけでなく、プロデューサーとして、企画、資金集め、スタッフィング、キャスティング、予算管理、スケジュール管理、宣伝・販売、 そしてクリエイティブ・コントロール、、、と社長として、プロデューサーとして必要な事はすべてこなされます。

 

資金だけ提供して後は他の人に任せるプロデューサー
お金の動きをよく掴んでいないプロデューサー
クリエイティブには全く口を出さないプロデューサー
宣伝・販売のみ担当するプロデューサーと、
多種多様なプロデューサーさんはいらっしゃいますが、


佐倉さんはこれらすべてを担当される、言わば「ホンモノ」の映画プロデューサーです。

 

今回はその佐倉さんに

・ クリエイティブな会社を経営する事
・ 映画をプロデューサーする事

についてお聞きしてみました。

 

■独立・起業

前職から独立して会社を設立したのが今から10年前の平成10年。
まず、当分は「映画を作るのはやめよう」というところからスタートした。

初年度は1000万円の資本金で、1億円の売上と、素晴らしいスタートを切る。

資本金は銀行から借り、独立して挨拶をしていたら、「独立したんだー。じゃあ何かやろうか。」という事で、割とトントン拍子で売上が伸びていった。

最初の仕事は某自動車会社のPV等から始まり、その多くがプロモーションビデオ。

[POINT] 〜人との出逢いがすべて〜
独立後の起業家を救うのは、それまでに築きあげてきたコネクション

 

■経営とお金

映画をやらないことに対する葛藤はなかった。
映画は何があるかわからない。

だからこそ、きちんと利益が上がることをやることが必要。
映画界の人は、「自分の作りたい作品を作る事」に一生懸命で、 (利益が上がる)映画以外の仕事をやりたがらない人が多いけれど、会社を潰さないため、そして好きな事を続けていくには利益はとても重要

[POINT] 〜お金とクリエイティブのバランスが必要〜
利益があるからこそ、夢を追える。

 

映画作りに必要な重要事項の一つは、お金・資金・予算。
お父さんが億万長者だったり、周りに理解のある投資家が見つからない場合は、銀行さんとの良いお付き合いというのは避けて通れない。

また、映画製作はお金を使う時とお金を回収する時の時間差がとても長いので、作品をきちんと作り、プロジェクトを運営していくためには、銀行に資金を借りる場合が多々ある。

映画は、配給が決まるとお金は集まる。 作りたいものがあったら、まずは配給先を決めるのが重要。

「明日1000万円支払わなきゃいけないけどお金がない」、と言う事もあった。

一大ピンチ!
どう対処したか?

プロジェクトの見積書を銀行に見せて、お金を借りた(笑)。

銀行と良い関係を築く二つの基本的方法は、

1. 支払いを延滞しない(これは当然!)
2. ちゃんと税金を払うこと

通常は「いかに税金を払わないようにするか」という事にパワーを使うけれど、税金をちゃんと払っていると、「あの会社は儲かっている」と思われて、銀行から「借りてくれ」と言ってくるようになる。違う尺度からとらえた投資みたいなもの。

[POINT] 資金を引き出すには、きちんと税金を払う

 

■映画プロデューサーとは

映画というものは、作ろうと思えばお金さえあれば誰でも作れる。
しかし、適正なコストで良い作品をつくろうとしたら、その過程で知っておくべきことがたくさんある。「自分はプロデューサーだから○○は知らなくても良い」等と自分の役割をしぼってしまってはだめ。

映画製作は、何千という業務から成り立っていて、これをいかに理解しているかどうかが、お金もクオリティも左右する。プロデューサーも監督も必要な技術をきちんと知るべき

技術に関してきちんと理解していないと、カメラマンや録音マンを適正に使えないし、評価出来ない。

様々な事に知識があればあるほど、コストも削減できる可能性があるし、良いものができる。興味の有無は関係なく、「その筋のプロ」と対等に技術的な話を出来るように学ぶべき。

[POINT] 自分の役割を制限しない。
ビジネスマンだからこそ、クリエイティブを学ぶ。 クリエイターだからこそ、ビジネスを学ぶ。

 

監督からの予算増の依頼には基本的に応じない。
なぜなら予算の権限は監督の役割ではなく、プロデューサーの役割だから。お金もきちんとみて、監督の演出と闘うことも時には必要。

もちろん、プロデューサーとして、必要であれば予算を上げる事もある。上げた予算分は、他の部分で調整するか、タイアップを使う等して工夫した。

ただし、重要なのは、細かなところまできちんと綿密に仕上げ、予算の範囲内でベストのものを作るということ。

一番大切なのはいる、「客」がどう見るかを感じ取る事が出来るかどうか。その部分を、監督はつい忘れがちなので、プロデューサーがきちんとみてあげることが必要。

プロセスにおいて、外部のもめ事や足の引っ張り合い、監督の悪口など、ネガティブな状況はあるが、そういう場合は監督には分からないように処理してあげることも必要。

[POINT] 監督の能力を引き出し、作品のクオリティを引き出すのがプロデューサーの仕事
リーダーの仕事は、人を育て、より良い作品を産む事

 

■お仕事のポイント

○諦める事、逃げる事は絶対にしない。

 人間関係においても、うまくいかないことはたくさんある。 でも、いづらいからいよう、というくらいの気持ちで関係をつくっていく。

○10万円の仕事も、10億円の映画の仕事も一緒。常にベストを尽くす。

 1つの映像をつくる、という意味では、その請け負う金額は関係なく、10万円の仕事も、10億円の映画の仕事も一緒。10万円の仕事に懸命に取り組むからこそ、10億円の仕事をいただける。金額が安いという事でベストを尽くさない人がいるけれど、それは間違い。 同じ気持ちでのぞむことが先につながる。

○ お金がなくてもベストな人材でベストなチーム作りを心がける。

 名前がなくても、実力のある人を使う。 お金がなくても、ベストな人材を使うよう努力する。

○努力をすれば必ず報われる

しかし、努力しても報われない人もいる。 それは、「努力していると思っているだけの人」。皆さんはそうなっていないか?

 

■次世代のクリエイターたちへメッセージ

1. 海外に出ていってほしい。

2. アイデンティティのある作品を作って欲しい。

誰が撮ったのか分かるような、空気感をもって撮っていってほしい。 いい企画・脚本があれば誰でも撮れてしまうからこそ、感性をなくしてほしくない。

 

いかがでしたでしょうか?
特定作品における裏話というタブロイド的な話題は意図的に避け、

 

・クリエイティブな会社を経営するという事
・映画をプロデュースするという事

 

にフォーカスしてお聞きしました。
1時間のインタビューなので聞きたりない所は山ほどありますが、少しでも皆さんのクリエイティブ活動、ビジネス活動、アート活動のお役に立てれば幸いです。

 

<インタビューのまとめ>

1. 独立後の起業家を救うのは、それまでに築きあげてきたコネクション。

2. 人との出逢いがすべて。

3. 利益があるからこそ、夢を追える。

4. 映画製作で最重要事項の一つは資金集めと資金繰り。 そのためには銀行さんとの良いお付き合いというのは重要。

5. 銀行と良い関係を築く二つの基本的方法は、支払いを延滞しない事と きちんと税金を払う事。

6. 自分の役割を制限しない。ビジネスマンだからこそ、 クリエイティブを学ぶ。クリエイターだからこそ、ビジネスを学ぶ。

7. 監督の能力を引き出し、作品のクオリティを引き出すのが プロデューサーの仕事。リーダーの仕事は、人を育て、より良い作品を産む事。

8. 10万円の仕事も、10億円の映画の仕事も一緒。常にベストを尽くす。

9. お金がなくてもベストな人材でベストなチーム作りを心がける。

10. 努力をすれば必ず報われる。
「努力していると思っているだけの人」になっていないか、 常に自分を冷静に見つめてみる。

 

お読みいただき誠にありがとうございました!本当に、クリエーター×ビジネス、勉強になります。

 

<佐倉寛二郎さんのプロフィール>

日本大学芸術学部映画学科卒。大学卒業後、独立プロダクションで映画製作の 現場を経験する一方、CFやTVドラマ等も数多く経験する。プロデューサーデビューは、1986年アメリカの連続TV番組「PHOTON」で 日本側ラインプロデューサーを担当。1988年公開の「ロックよ、静かに流れよ」が初の劇場用映画。映画以外では、本田技研工業の新車のCF・映像カタログ・プロモーションビデオなどを主体に、企業のプロモーションビデオ・販売用ビデオ・DVD等の製作を手がける。1995年に自身で脚本・演出したパイオニアレーザーアクティブゲーム 「ドン・キホーテ」でゲーム製作も始める。