Indigo Films



しごとのいみ
 

Production Note

より良い世界のために企業とビジネスは何を出来るのか?

2007年の春くらいから、きょうされんさんと(株)アルマックさんと協業で、障がい者の方々のドキュメンタリーを作らせていただいています(最近は「がい」を漢字で書かず、「障がい者」と表記するようです)。

きょうされんさんは、全国の障がい者の方々が働く施設を束ねられている組織で、(株)アルマックさんは、あのカリスマ経営コンサルタント、神田昌典さんの会社です。

このプロジェクトは、(株)アルマックさんが主幹になっていて、
中小企業の方々にスポンサー出資していただき、

「より良い世界のために企業とビジネスは何を出来るのか?」

という事を皆で考えようというテーマからスタートしました。

尊敬する神田昌典さんとの出会い

神田さんとは2006年に彼のビジネス・ミュージカル企画「WITH YOU」のドキュメンタリー製作でたまたま知り合い、その過程でとても良くしていただき、2007年1月と2008年2月には神田さんのセミナーに出させていただく栄誉をいただきました。

ハッキリ言って、僕は
神田昌典さん、ちょー尊敬してます
まず、ありえないくらいあっっったまイイ!!
初めて会った時に「今まで会った人類で一番頭がいいホモサピエンスだ!」って感激したもの(笑)。
僕も神田さんくらい頭良かったらいいなぁってつくづく思った。
運良くご一緒させていただいた時は、ドラッグ並みに刺激的で、学びの宝庫で、気づきの大噴火。
自分の能力の足りなさに逆にコーフンしたくらい。
でも彼は決してそういう優れた能力を決して自慢しない、ひけらかさない、嫌みに思わせない、ステキな人間力も持っているのです。
あれだけ成功していて頭脳明晰だったら多少傲慢になりそうなもんだけど、そういう部分はいっっっさいナイ。

勉強熱心でチャレンジし続ける成功者はカッコいい

人当たりも常に誠実で、聞き上手の褒め上手。
あんなに多才だったら、他人の優れた部分を見る事は結構難しいんじゃないかなぁって思えちゃうんだけど、神田さんはいつも実に些細な事を心から感心したように話してるところがすごく可愛いんです(笑)。

経営コンサルタント兼作家として、社会的・経済的に大成功してるから、後は時折セミナーを開催して本でも出していればいいのに、僕が参加させてもらったミュージカルをプロデュースしたり(ビジネスマンなのに!!)、クラシック・コンサート開いたり、老人の方々からお話を聞いて記録するリビング・ヒストリー・プロジェクトをされていたり、障がい者のドキュメンタリーを製作したり、常に勉強熱心でチャレンジし続けてるところが男としてカッコいい。

一見すると気弱なお兄さんみたいな印象を受けるんだけど、真に秘めるものは力強くて男らしい。
人間として、男として心から尊敬します。
僕もいつかは神田さんみたいなソフトでスマートでグレイトな男になりたい!


 

ビジネスで成功を収めている障がい者施設

今回のドキュメンタリーはストーリーが3つありまして、
「ビジネスで成功を収めている障がい者施設」を3つ選び、
そこで働いている人たちのパーソナルなストーリーを追っています。

一つは宮城県蔵王にあるお豆腐屋さん、「すずしろ」

ここは約40人の知的障がい者の方々が年間1.5億円を売り上げる、 奇跡の作業所で、ダウン症の方を中心に複数の本当に魅力的な方々に登場していただきます。

 
 


もう一つは京都府舞鶴にあるフレンチ・レストラン「ほのぼの屋」さん

約40人の精神および知的障がい者の方々が運営する、 行列の出来るフレンチ・レストランです。
ここで出会い、子を育み、生涯を共にすると誓ったご夫婦を中心に、
お話を紡ぎます。

 
 


最後は
東京都世田谷にあるクッキー屋「パイ焼き窯」さん
ここは自閉症で統合失調症である30代の男性を追いかけます。
この方は天才画家のような絵を描き、
本をイメージとして一瞬のうちに脳裏に焼き付けてしまう天才です。

 



三本同時に作るのはかなりタイヘンですが、、、とっても楽しくて、学びがたくさんあります。


「靴下何色? 」

一緒に働いたり遊んでりしていますが、僕もここまで障がい者の方々と触れ合った事はなかったので、いつも気づきの嵐です。

なかなか伝えきれない部分はありますが、
一言だけで言わせていただくと



「障がい者ほどクリエイティブな人たちはいない」


という事に尽きると思います。
クリエイターもビジネスマンもアイデアに詰まったり、人生に煮詰まったら、障がい者の方々と一緒に過ごされ てみると、色んな化学変化が起こるんじゃないかなーと心から思います。
僕が初めて障がい者施設に取材に行った時は去年の秋頃だったと思いますが、
宮城県の豆腐工場に伺いました。


白石蔵王から車で30分ほど走り、初取材でいささか緊張気味に車を降り立った時、パッと見「ああ、障がい者の方だな」と分かる20代半ばの男性がつかつかと僕の方に歩いて来て、明るい声で僕に声をかけました。


「靴下何色? 」



いきなり靴下何色って聞かれても。。。。
「え? う〜ん。。。灰色かな。」



と戸惑いつつ答えたのも束の間、

「今日泊まってく?」


とっても嬉しそうに話かけてくるんです。この瞬間、

「このプロジェクトはとてつもなく面白くなる!!」

と確信しました。



僕ら健常者と障がい者の違いはほんの1%。残りの99%はほとんど同じ

各施設で働かれている皆さんから僕が学ばせていただいた事はたっくさんありますが、重要な事の一つは、


「仕事」というものは社会で生きて行くために必須のものなんだ、


という事です。
障がい者の方々は、効率を重視する資本主義社会の中では
「非効率的」とか「生産性が悪い」と判断されがちですが、見方を変えれば、
やり方を工夫すれば、もの凄い戦力になり、


「より良い社会作りに十分貢献できる宝である」


という事に気付かされます。
本に書かれている事を一瞬で頭に焼き付け、見向きもしないでパソコンに打ち込む能力のある方がいれば、日付を言えば一瞬で曜日が出て来る、しかも2012年の、、、と言っても完璧な答えを出す方もいます。
こういう方々を見ていて感じたのは、

「僕ら健常者と障がい者の違いはほんの1%。残りの99%はほとんど同じ。」
そして、
「その1%の中には僕らには絶対かなわない才能・能力を持っている」
という事です。


ダウン症のあきちゃん

重度の障がいを持った方も、やりがいのある仕事があれば目の色を変えて一生懸命にこなされます。

宮城県蔵王の豆腐工場、すずしろの山川亜紀ちゃんには、人間の可能性を心底感じさせられました。
亜紀ちゃんは重度のダウン症を抱える27歳の女性。
言葉が話せず、おそらく僕らが言っている事もほとんど分からない、でもとっても明るくて笑顔が本当に素敵な人です。

亜紀ちゃんのようなダウン症の方というのは一般的にとても頑固だ、と言われています。
嫌なものは絶対にやらないし、無理にさせようとしてテコでも動かない。

亜紀ちゃんが最初すずしろに来た時も、仕事が面白くないから、工場に来ても一切仕事はせず、朝からずっと寝てばかりいたそうです。

一方、すずしろの職人の方々は、亜紀ちゃんを中心とする、10人ほどの重度の方々に、何とか仕事を配分したいと思っていました。
せっかく来ても何もする事がなくてはかわいそう。
すずしろの創業者である武田元さんは仕事が人を成長させる、という信念を持たれた方で、何とかこの重度の人達に仕事を見つけて上げたかった。

そこで思い立ったのがおからを詰めるという仕事。
これだったら足が不自由な人も、言葉が喋れない人も出来る。

重度の人達を10人ほど集めてスタートしたおから班でしたが、最初の頃は亜紀ちゃんは全く働かず、いつものように昼寝ばかりしていたそうです。

ただ、亜紀ちゃんは、単なるなまけもの、というわけではなく、人の面倒を見るのがとても好きな人で、自分が重度でケアが必要なのに、自分より重度な人を見ると放っておけない所があります。

彼女がおから班で本格的に仕事をし始めたのも、他人への思いやり、がきっかけでした。

いつものように工場に行くと、職員の方がつきっきりでいなければいけない重度の方が一人ぼっちで立ちすくんでいた。
どうも職員の方がその日は急病か何かで休みだったらしいのです。

そこで亜希ちゃんは、その男性の面倒を見るために、おから班の門をくぐりました。
試しにおからを詰めてみると、面白い。
こうして亜希ちゃんはおから詰めにハマり、仕事をし始めました。

ここから亜希ちゃんの成長ストーリーが始まります。

すずしろで働く方々は、大型バスで送迎されていますが、亜希ちゃんは毎朝7時半の第一便で職場に来ます。

第二便は9時に着くんですが、亜希ちゃんはいつからか、9時になると、同じおから班に所属し、亜希ちゃんより重度な男性二人をバス停まで迎えに行き、手をつないで更衣室まで連れて行き、二人を着替えさせ、また手をつないでおから班まで連れて行くようになりました。

そんな亜希ちゃんの姿を見て、他のダウン症の人がより重度の人の着替えを手伝ったり、食事を食べさせたり、とすずしろ内部では助け合いの精神が少しずつ広まっていくようになりました。

いまでは亜希ちゃんは、おから班のリーダーとして、なまけている人がいると叱咤激励し、様々な指示を飛ばして、おから班を運営しています。

 


仕事の意味


そういう皆さんの姿を見ながら撮影していると、


「仕事って何なんだろう?? 」


と思わずにはいられません。
社会的にはのけ者にされがちの方々が、仕事を与えられ、その魅力にとりつかれ、自分の出来る範囲で懸命にこなし、仕事を通して人を助ける。

どんな仕事も社会の役に立っていて、すべての人に存在する意味がある(法律違反する企業や人は少し議論の余地がありますが。。。)、と思わされます。


僕もサラリーマン時代はウダウダとやる気なく過ごしてしまう事が多々ありましたが、彼らの姿を見て心から勇気付けられ、また、本当に好きな仕事が出来て幸せだなぁと思いました。



実は今回のドキュメンタリーは、僕にとっては肝いりのプロジェクトです。

僕の弟は、障がい者と言うわけではないのですが、
右目が半分潰れて生まれてきてしまいました。
それを治癒するために小さい頃は入院と手術を繰り返していたのですが、
その副作用が少なからずあったようです。

弟はそれほど重度ではないので、一応は社会生活を普通に送る事が出来ますが、色々と出来る事に制限はあります。

なので、今回のお話は「ぜひ!」という形で
お受けさせていただきました。



僕が努力し続けられるのは弟の存在があるから

僕は映像の才能・能力的には中くらいだと思うけれど、
情熱と努力だけは誰にも負けない自信があります。
ハッキリ言って、それだけです(笑)。


たまに「なんでそんなに頑張れるの?」って聞かれるんですが、
それはおそらく弟の存在があるからだと思うんです。

僕は努力すればいくらでも可能性があります。
でも弟には絶対的な制限があります。
これは否定出来ない事実。

努力すれば伸びる能力、出来る機会を宇宙から与えられているのに、
それを活かさないのは、弟に対して申し訳ないし、
自分の人生に対する裏切りだ
と思っちゃうんです。


そんな弟にも僕が絶対にかなわない能力があります。

「人を癒す力」。

僕は昔からそれほど友達が多い方ではないけれど、
弟は誰にでもすぐに好かれ、誰とでもすぐに友達になれます。
小中学生の頃なんか、すごい数の年賀状がきてて嫉妬した
のを覚えてます(笑)。

親戚の集まりでも、弟がいるのといないのとでは、
全体的な温かさというか、エネルギーの良さが全然違うんです。

僕はまだまだ自分に余裕がないけれど、いつかは弟の面倒を
見てあげなきゃいけない日が来ると思っているので、
それに備えて頑張り続けます。

あくまで、弟のためではなく、自分のためですが、それが結果的に
社会のため、家族のためになればいいなと思っています。


書いていて何だかよく分からくなってきましたが(笑)、
そういう諸々のお話を今回のドキュメンタリーでお伝え出来ればいいなぁ
と思っています。

 


文・TOMO
2008/3/23



スタッフ:
プロデューサー: 神田昌典(株式会社アルマック)
制作: 牛山朋子
演出・撮影: TOMO
編集: 林宏
アシスタント: 秋田直器



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